20代後半、一つの物が二つにダブって見えるようになりました。仕事を辞めました。東北の震災がありました。家族がいなくなりました。引きこもりました。
このブログには前編があります。前編も見てくれたら嬉しいです!
仕事を辞めました
病院で検査した後も建築現場では少し仕事していました。
空調ダクトはかなりデカくて重い物もあります。
一人で運べない時は誰かと協力して運びます。
平らな所なら良いのですが、階段を使って降りる時がとても怖くなりました。
特に病院に行ってから怖くなりました。
行く前は感覚で歩いてたのが、「俺の目はおかしい」と認識してしまってから、階段を降りるのがとても怖くなりました。
誰かと重たい物を運ぶ時は特に「自分が下手したら、協力して運んでる人も巻添えにしてしまう」という思いで、仕事するのがとても怖くなりました。
従兄弟は事情を知っていますが、いっしょに仕事する人には言えませんでした。自分も良くわかってないし、病名も無い、原因がわからない事を他の人には言えませんでした。
限界を感じ仕事を辞める
仕事は辞めました。
従兄弟に「辞める」と言った時は、現場に電車で向かう時でした。
電車に乗った時に震えてきました。
冷汗が出てきて、立っているのもキツくなりました。
途中の駅で降りて従兄弟に辞める意思を伝える電話をしました。
今でもあの感覚は忘れません。
どちらかというと強がって今まで生きてきました。
こんなに病んでしまうとは思ってもいませんでした。
病名も原因も解決策もわからない。仕事も不安ばかりで上手くいかない。色々な事が重なり限界がきたのかもしれません。
東日本大震災の影響で元嫁が子供を連れて離島に
仕事を辞めてすぐに、東日本大震災がありました。
当時は福島原発事故で飛散した放射性物質で関東も汚染されるという噂が色々な所で話されていました。
元嫁の祖母が鹿児島の離島に一人で住んでいました。
元嫁は放射能から子供たちを守るため、祖母の住む離島に行ってしまいました。
止めたのですが、俺の意見は聞いてくれませんでした。一人になりました。
元嫁とは、もうずっと前から夫婦の関係は終わっていました。
放射能から逃げるというより、俺から離れたかったのだとおもいます。
約一年後に離婚しました。
引きこもりました
仕事を辞め、家族もいなくなり一人になり、何をすればいいか分からなくなりました。
見る物がダブって見えるようになってから、マイナス思考になっていきました。
普通にちゃんと見えてた物がおかしくなると本当に自分がポンコツになったみたいな弱い気持ちになり、何をやっても駄目だと思うようになりました。
約1年間の引きこもり生活
外に出るのはレンタルビデオ屋と酒を買いにコンビニに行く時だけです。
それ以外は家の中でずっと借りてきたビデオを観ていました。
映画ばかり見てました。現実逃避していたのだと思います。
車を処分しました
もう車には乗れないと思ったので、2台あった車を処分しました。
原付バイクだけ残しました。
19歳からずっと車生活、電車やバスなどの交通機関はあまり好きではないので、仕事で本当に必要な時だけしか利用しませんでした。
車を処分した事で外に出るのはレンタルビデオ屋とコンビニだけになりました。
車で海に行ったりするのが好きでした。お出かけ、買い物、遊びに行くのはいつも車でした。
友人、知り合いからの連絡もシャットダウン
友人や知り合いと遊ぶ事がなくなりました。
誘われても車がないので行きたくない。
車を処分した理由を聞かれるのが嫌だ。
そもそも、この症状を誰にも知られたくないと思っていました。
呑みの誘いは絶対に断らなかった自分が、誘いがきても断っていました。
そのうち電話にも出なくなりました。
誰にも会いたくなかったです。自分でも理解できないのに、他人に理解できるはずがないと思っていました。
引きこもっている時の記憶はほとんどないです。
考えて行動する事も無く、只々、時間だけが過ぎていたのだと思います。
一年間の引きこもり生活から抜け出す!
引きこもり生活から抜け出せたのは母ちゃんのおかです。
引きこもりから抜け出した時のこと
引きこもりから抜け出した時のことは下記のブログで紹介しています。