17歳でお水の世界に
当サイト【てんこ盛り情報局】を運営する「テンコ」が、17歳の時に水商売の世界へ入る事になったエピソードを紹介します。
水商売を辞め就いた仕事がマンションの外壁を調査し補修・防水する建築現場作業員の仕事でした。初めての昼職です。3年間汗を流したのに貯えが大分減りました。夜職しかしたことのない俺は社会の厳しさを始めて知りました。
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当サイト【てんこ盛り情報局】を運営するWeb系フリーランスのテンコです。このブログでは俺が17歳から7年やっていた水商売を辞め、昼職をしていた時のことを紹介します。お水社会しか知らず世間知らずだった俺は社会の厳しさを知ることになった物語をご覧ください。
水商売で夜の仕事をしていた俺が、外壁補修工事の仕事することになった経緯を紹介します。
1度目の結婚をしたことでお水商売を辞めました。
俺たち家族は元嫁と息子(1歳)の3人で部屋を借りて暮らしていました。
元嫁の妹は嫁にいっていたのですが、旦那のDVで子供を連れ実家に帰ってきていました。
夜中に元嫁の家族(お義父さん、お義母さん、双子の義兄、義妹と娘)が全員で俺の家に来ました。
何でも、義妹の旦那が元嫁の実家に押しかけて来たみたいで、怖くなり避難して来たとのことでした。
怖いと言ってもまだ二十歳にもならないクソガキです。
俺は直ぐに義妹の旦那に電話して呼び出し、話をして落ち着かせて帰らせました。
元嫁の家族(特に義父)はよっぽど怖かったみたいで、ある提案をされました。
みんなで一緒に住もう!
元嫁は反対していました。俺は調子が良いので何も考えずにお義父さんの提案を了承してしまいました。それが大きな間違いでした。
話はとんとん拍子に進み、持ち家だった実家を貸して、新しい皆で住める大きな一軒家を借りました。
お義父さん | 元嫁の父で左官職人 建築現場の職人さんには珍しく気が小さい |
お義母さん | 元嫁の母で昔から苦労が絶えない お義父さんより気が強い |
双子の義兄 | 元嫁の双子の兄 学習障害(LD)がある |
義妹 | 元嫁の妹 高校生同士で結婚し嫁にいったが実家に出戻る |
姪っ子 | 義妹の娘 |
元嫁の家族との同居生活が始まりました。
俺は水商売を辞めてから、知り合いの車屋の手伝いをしたり、フリーでスカウトマンみたいなことをしていました。
水商売をやっている時より収入は減ったのですが、貯えには手を付けずに食っていくぐらいの収入はありました。
ちゃんとした定職に就かない俺にお義父さんがまた提案しました。
俺の仕事をやってみないか?
お義父さんが左官屋なのは元嫁から聞いていました、実際どんなことをしているのか、左官屋って何なのかさえわかりませんでした。
俺もそろそろちゃんと定職に就きたいとおもっていたのでお義父さんの仕事をやることにしました。
こうして俺は初めての昼職をやることになります。大工の棟梁の嫁だった田舎の婆ちゃんが「身内で仕事するもんじゃねー!仕事するなら赤の他人としろ!」って良く言ってました。その言葉の意味がわかってくることになります。
お義父さんは義兄と仕事していました。
義兄は元嫁の兄で双子です。
義兄は見た目や喋り方などはとても普通ですが、学習障害(LD)があり他では働けなかったので、お義父さんの手元みたいな感じで一緒に仕事していました。
義兄は文字を読めるので本や映画が大好きでした。数字に弱く簡単な計算もまったくできませんでした。電車の床でいきなり寝てしまったりする症状もあり、何度かアルバイトしたこともあったみたいですが、馴染めずにクビになることが多かったみたいです。数年前からお義父さんが現場に一緒に連れて行くようになったみたいです。
仕事場(建築現場)には俺を入れて3人で行っていました。
初めての現場は築50年以上で70世帯位あるマンションの大規模改修工事の現場でした。
外壁は全面塗装の古いタイプのマンションでした。
親方であるお義父さんに義兄と俺が手元でついて作業していました。
主な作業は以下の通りです。
先端が丸くなっている道具(打診棒)で外壁を調査します。
打診棒を外壁上で転がした時の音の変化で劣化部をみつけだします。
全面塗装する場合はマジックで劣化部をマーキングします。
外壁がタイルの場合や塗装しない場合はマスキングテープを張って劣化部を分かるようにします。
マーキングした劣化部は図面に記入します。
マーキングした劣化部を元請けから指示された工法で修繕していきます。
機械や道具で劣化した部分を斫ったり、削ったりして、指定されたモルタルなどで補修するのが主な工事内容です。
外壁の調査をして異常がある所を修繕したら、塗装やタイルで仕上げする前の下地を補修するのが主な仕事内容でした。
手元の義兄や俺は主に、親方に指示された簡単作業、図面の記入、工程ごとに撮る写真撮影などをしていました。
初現場の大規模改修工事が数週間で終わり違う現場に行きました。
初めての現場は東京でした。
川崎にある現場に到着したら、昨日まで工事していたマンションと同じマンションがそこにありました。
やる作業は1棟目のマンションの時とほぼ同じです。
3棟目に行った時も同じタイプのマンションでした。
形は少し違うけど同じタイプのマンションでした。工事内容はほぼ同じで、3棟目をやった辺りで全ての工事内容を確認できました。
築50年以上で50世帯~100世帯、大きいものだと200世帯もある同じタイプのマンションが関東に100世帯以上あるみたいです。
お義父さんは従兄弟が社長の塗装会社から仕事をもらっています。
従兄の塗装会社はマンション施行で有名なグループで、マンション管理や大規模改修工事などをする会社から仕事をもらっていました。
お義父さんは二次下請け(孫請け)、従兄弟の塗装会社が一次下請けになりますね。
元請けが管理する関東に100棟以上あるマンションの大規模改修工事の現場を順番にまわります。
1年の9割が同じタイプのマンションです。
構造がほとんど同じなので工事内容はいつも同じでした。
約1年位は親方の手元みたいなことをしていました。
やらせてもらえる作業は増えましたが、いつも親方の目の届く所で作業していました。
勝手に作業したりすると怒られした。
架設足場で作業する親方にいい歳した2人の手元。他の職人さんから見たら絶対に変だと感じるとおもいます。
一年間ずっと同じタイプのマンションばかり改修工事していたので、他の現場を見た事がありませんでした。
コテを使う職人さんもお義父さんしか見た事がないので、世間知らずの俺は、これが左官屋の仕事だと勘違いしていました。
職人は何年も修行して一人前になるものだから、1年たっても手元なのはしょうがない事だとおもっていました。
左官コテを使う作業以外はやらせてもらっていましたが、ほんの少しのモルタル補修でさえ一年たってもやらせてもらえませんでした。
2年やって日給1万円でした。
日曜祝日は基本休み、雨なが降ると休みになってしまうので月に20万弱の収入。
大型連休や雨が続いた月は15万以下なんてこともありました。
水商売やってた時の4分の1にも満たない収入でした。
子供がいて、車は2台所有、同居だけど家賃や光熱費も払っていました。嫁さんは定職にはついていませんでした。月20万じゃ絶対やっていけないですよね。
月給20万は水商売をやっていた時の4分の1にも満たない金額です。
それなのに昔の浪費癖が治らない。
酒を飲みに行き大盤振る舞いしたり、食べたい物を食べり、必要のない車を所有したり、現実の月収では家族が生活するのも厳しい金額なのに。
先が全然見えていないのに貯えを減らしてありえない生活をしていました。
元々は六本木のキャバ嬢だった元嫁も俺と同じでした。俺より酷いかもです。お互い外で飲むのが好きで、飲み代だけでも月収を超えていました。当たり前ですが水商売の時の貯えはどんどん減っていきました。
2年やって以下の様な不安でいっぱいになりました。
築50年以上の古いタイプのマンションばかりを改修する仕事に将来性が感じられませんでした。
マンションの外壁はタイルが主流なのに、全面塗装で同じ構造の古いタイプのマンションはこの先建つ事もないし、減っていくばかりだとおもっていました。
お義父さんは「常用」だったので、作業を早く終わらせると怒られました。
この現場が早く終わってしまうと次の仕事まで空いてしまうとゆう理由でです。
人工で請求書をだすので、仕事が空くとお金にならないので、次の仕事の都合などで同じ作業でも時間をかけてやったりします。
時間をかけて丁寧にきれいな仕事ができるより、早く綺麗に丁寧な仕事ができないと俺は商売にならないとおもっていたので、お義父さんのこのやり方には不安しかなかったです。
大規模改修工事の現場に入ると違う業種(足場、塗装、防水、シール)の職人さんといっしょになります。休憩時間や一人で現場に行った時に話するようになり、俺が知らなさ過ぎた建築業界の色々な情報をきくようになります。他の職人さんの話を聞くと「今のままでは絶対に駄目だ。ただ無駄に歳をとっていくだけだ。」と、とても不安になりました。
建築業界の職人は早い人だと15歳から修行して20代前半で独立する人が沢山います。
俺は25歳からのスタートで養っていかなければならない家族もいます。
ここにいては駄目だとおもうようになりました。
元嫁の家族と同居し、お義父さんの仕事に就いてて3年たちました。
3年たって左官屋らしい仕事は1度もありませんでした。
1歳上の従兄が一人親方でダクト工をしていました。
ダクト工事は天候が悪くても休みになることはなく、残業代や夜勤手当もつき、昼夜いっぱい仕事があるから、今よりは全然稼げるからやってみないか?
かなり今の仕事よりはキツいとおもうが、最低でも40万以上は稼げるようにしてやるから。
と今の俺の現状を心配していた従弟が誘ってくれました。
日給は1万2,000円スタートで17時以降の残業は時給2,500円。夜勤は日給プラス3,000で従兄弟の所にお世話になる事にしました。
お義父さんに今の仕事を辞めダクト工になりたいと伝え了承してもらいました。
同居していた家はダクト工になると決める前から出るつもりでいました。
元嫁の家族と同居していたのは大きめの賃貸一戸建てでした。
3年で3回も引っ越しをしました。
引っ越しの理由は、ガーデニング好きなお義母さんが庭をジャングルにしてしまい、大家さんに注意された事にへそをまげて引っ越し、捨て猫を拾ってくる癖があるお義母さんがペット不可賃貸に沢山のネコを隠れて飼ってしまい追い出される。
引っ越しする度にかかる費用の半分は俺が支払います。
賃貸一戸建ては敷金礼金をしっかり取られます。
賃貸一戸建ては敷金礼金をしっかり取られます。
引っ越しする度に貯えが減り、引っ越し貧乏になりました。
離婚して出戻って来た義妹がとてもわがままでした。
元嫁の両親も離婚して戻って来た娘を甘やかしまくります。
元嫁は最初に同居する提案をされた時、一人だけ猛反対していました。
理由は、双子の兄が学習障害で怒られる時はいつも元嫁だけたったみたいです。
若い時のお義父さんはイライラを全て元嫁にぶつけていたみたいです。
7歳下の妹が産まれてからはそれがもっと酷くなったみたいです。
3年一緒に住んで俺はそれを目の当たりにしました。
上記が家を出る主な理由です。俺が至らないのは十分承知しています。でもこれ以上は俺が無理だとおもい、お義父さんの仕事を辞めるのをいい機会に同居をやめることにしました。
同居を最初は反対していた元嫁ですが、この俺の決断に元嫁は反対でした。
元嫁はかなりの束縛嫁でした。
俺が一人で出かけて、電話に気づかなかったら着信履歴が大変な事になります。
お義父さんの所で仕事していた方が、目が届くし安心だったからです。
お義父さんの所で仕事している時、一人で現場に行って帰りが遅くなり、運転中だから電話にも出ないと、元嫁が激怒します。お義父さんも遅いのはおかしいとか言う始末です。電話に出ないのはまずいから運転中でも電話に出ました。2回取り締まりにあいました。
元嫁の家族と同居していた家を出て、お義父さんとしていた仕事も辞め新たなスタートをきりました。
ダクト工に誘ってくれた従兄弟の家の近くに一戸建て賃貸を契約し引っ越しました。
ダクト工事の仕事を始めました。
1歳上の従兄はとても厳しい人でした。
ダクト工事の仕事は、今までやって来た水商売や外壁補修の仕事とは比べ物にならない、かなりキツい仕事でした。
徹夜で仕事したり、重い物を持ったり、体力的にかなりキツい仕事でしたが、お義父さんの仕事の倍以上、収入が増えました。
都内の現場ばかりなので、1人で現場に行くときは原チャリで通っていました。
車で行くと仕事した意味が無くなる位、駐車場代がかかってしまうからです。
電車で行くのが嫌だったので雨の日もカッパを着て原チャリで通いました。
ゼネコンの新築ビルが主な現場ですが、夜勤はテナントなどの改修工事に行ったり、地下鉄駅の現場など、様々な現場で色々な仕事を覚える事ができました。
最初の半年はかなりキツかったですが、慣れてきて出来る事が増えてくるとダクト工でこれから飯を食っていこうとおもうようになりました。従兄弟は腕が良く引っ張りだこだったので、休みも殆ど無くかなり忙しかったです。でもやった分だけお金になるので頑張れました。忙しく飲みにも行けないので余計なお金を使う事もなくなりました。原チャリでの通勤が一番キツかったかもしれないです(笑)。
ダクト工でこれから食っていこうと強くおもっていた矢先に、目の異常でダクト工になる事を諦めました。
ダクト工を諦めるきっかけや、希望を失って堕落したこと、引きこもりからの復活などをブログで紹介しています。